近年、大学の授業では新しい技術を導入しようとする動きが活発になっている。特に、YouTubeや動画編集のような技術は、映像世代である現代の学生にとって重要な学習ツールとなっている。しかし、それを授業に取り入れたいと考える多くの教員は、どのように指導すればよいのかという悩みを抱えている。「自分がよく知らないことをどうやって学生に教えるのか?」という不安が、その根底にある。
ある同僚教員も、同じ悩みを打ち明けてくれた。彼もYouTubeを活用した教育の重要性は理解していたが、実際に動画編集を学んだことがなく、学生にどう教えるべきか途方に暮れていた。「自分が知らないのに、学生にどうやって教えればいいのか?」というその問いは、多くの教員が抱える共通の悩みだろう。では、教員がすべてを知っていなければ、教えることはできないのだろうか?
現代の学生たちは、すでにデジタル技術に非常に精通している。特にYouTubeや動画編集といったツールは、彼らの日常生活の一部となっている。教員がこれらの技術をすべてマスターしようとする必要はない。むしろ、学生たちの方が得意である場合が多い。重要なのは、教員が学生に学ぶ機会を与えることだ。
私は最近の授業で、課題を出し「私はこのプログラムはよく分からないから、君たちがやってみて」と言ってみた。すると、学生たちはそれぞれ独自のやり方で創造的な作品を提出してきた。ある学生はAIを活用したイメージを使用し発表資料をデザインし、また別の学生は複雑な編集技術を使い、自分の個性を表現した結果物を作り上げた。この経験から学んだことは、学生が主体的に課題に取り組むことで、より優れた成果を引き出せるということだった。
かつては課題を出す際、形式を制限することが多かった。しかし最近は、学生たちに「文章でもいいし、動画やプレゼンテーションでも提出していい」と自由を与えるようにした。その結果、学生たちはWord文書だけでなく、様々な形式の課題を提出してきた。ある学生はPowerPointで、別の学生は自作の動画で課題を仕上げた。こうした自由なアプローチは、学生の創造力を刺激し、教員としても楽しく採点できる機会となった。
今の時代、教員はもはや知識を単に伝達する役割だけではない。むしろ、学生が自ら探求し、学び、成長できる環境を整えるサポーターとしての役割が重要視されている。すべてを知っている必要はない。むしろ、学生に「これは君たちの方がうまくできるから、やってみて」と任せることで、より良い学習成果が得られることもある。
知らないことを教えるという恐怖から解放されるべきだ。教員はすべてを知っている必要はなく、学生に自由に探求させる機会を提供することが重要だ。学生はそのプロセスを通じて、より創造的で主体的な学習者として成長していくだろう。
ソン ウォンソ(Ph.D.)
秀明大学学校教師学部 専任講師
