北海道を代表する魚の一つであるニシンは、古くから「春告魚(はるつげうお)」として親しまれ、北海道の歴史や経済、食文化を支えてきた重要な水産資源である。
北海道で本格的なニシン漁が始まったのは15世紀中頃とされ、江戸時代から明治時代にかけて日本海沿岸を中心に漁業が急速に発展した。春になると産卵のため沿岸へ押し寄せたニシンの群れによって海が乳白色に染まる「群来(くき)」は、豊漁を象徴する自然現象として知られている。
明治時代には北海道のニシン漁は最盛期を迎え、年間漁獲量は約100万トン近くに達した。漁獲されたニシンは食用だけでなく、肥料となる「魚肥(にしん粕)」や数の子、身欠きニシンとして全国へ出荷され、北海道経済の発展を支える基幹産業となった。
しかし、20世紀に入ると資源量は急速に減少した。乱獲に加え、海洋環境や回遊経路の変化などが重なり、昭和30年代には漁獲量が激減。「群来」もほとんど見られなくなり、北海道のニシン漁は長い低迷期を迎えた。
近年は資源管理や稚魚放流などの取り組みにより回復傾向が見られる。2017年には道南・江差町で約100年ぶりとなる大規模な群来が確認され、その後も日本海沿岸各地で群来が観測されるようになった。2022年には北海道のニシン漁獲量が約36年ぶりに2万トンを超えるなど、資源回復への期待が高まっている。2026年春も道南を中心に豊漁が報告され、地域経済への波及効果にも注目が集まっている。
ニシンは北海道の食文化にも深く根付いている。身欠きニシンを使った「にしんそば」、大根やキャベツと漬け込む「ニシン漬け」、数の子などは北海道を代表する郷土料理として現在も受け継がれている。これらの料理は、かつて大量に水揚げされたニシンを無駄なく保存・活用するために生まれた知恵でもある。
北海道のニシンは単なる水産資源ではなく、開拓の歴史や地域文化を象徴する存在である。資源管理と持続可能な漁業を両立させながら、「春告魚」が再び北海道の海を彩る未来に期待が寄せられている。
