[コラム] 国際学術誌、疲弊した名声と産業化する不正

先日、世界的に著名な学術誌『サイエンス』の公式ウェブサイト(SCIENCEINSIDER – SCIENTIFIC COMMUNITY)に「科学的不正は今や“産業”である」という衝撃的な記事が掲載された。紹介されたのは「The entities enabling scientific fraud at scale are large, resilient, and growing rapidly」という論文で、米ノースウェスタン大学のリース・リチャードソン教授らが執筆し、PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences)に掲載されたものである。

PNASは、1915年創刊の米国科学アカデミーが刊行する世界最高水準の総合学術誌であり、生物学・物理学・社会科学などの分野で、影響力ある研究成果を迅速かつ厳格な査読を経て発信している。

この研究は、いわゆる「ペーパーミル」だけでなく、出版仲介業者、ハイジャックされたジャーナル、偽学会、大手出版社内の編集者に至るまで、国際的かつ体系化された不正ネットワークの存在を明らかにしている。PLOS ONE誌では、全体の1.3%しか扱っていない編集者群が、撤回された論文の30%以上に関与していたことが判明した。これらの編集者は互いに論文を回し合うクローズドな構造を形成していた。

また、重複画像や特異な表現パターンを手がかりに、論文の大量生成・流通の実態も特定された。インド・チェンナイのARDA(Academic Research and Development Association)は、70以上のジャーナルへの掲載を“保証”する出版ブローカーであり、その多くがScopusから除外された疑わしいものであった。掲載対象ジャーナルは定期的に入れ替わり、評価指標の規制を巧妙に回避していた。

この研究が取り上げた期間は、ChatGPTをはじめとする生成AIが本格的に普及する以前である。今日では、PerplexityやGeminiといったAIが論文の執筆・査読補助にも使われており、研究の真正性を見極めることはより困難となっている。

私は現在、日本の大学で教鞭を執っており、かつて国際学術誌の編集を担当した経験がある。研究者としては、査読の遅延・修正要求などを繰り返し受けてきた。編集者としては、査読者の確保が困難であり、10名に依頼しても1人からしか返答が得られないことも珍しくなかった。査読を承諾しても提出されない、督促しても無視される事例も多い。

深刻なのは、こうした業務が全て“無償”で行われていることである。責任意識の低下と査読品質の低下を招いており、優秀な研究者ほど“時間の無駄”として査読依頼を断る傾向にある。この構造はすでに限界を迎えており、AIと論文不正産業の結合によって危機は加速している。

では、なぜこの構造は続くのか?理由は明白である。いまだに多くの大学や研究機関が、論文数・インパクトファクターといった単一指標のみで研究者を評価しているからだ。もはや、それだけでは研究の深みや誠実性を反映できない時代であるにもかかわらず、私たちは未だに“数”を崇拝している。その結果、真の科学は歪み、信頼は損なわれ、倫理は崩壊していく。

本研究は、数十万件に及ぶメタデータ分析を通じて、「集団的離反(collaborative defection)」という構造的問題を実証的に提示した。著者・編集者・ブローカーが互いに利益を共有しながら、科学の本質を裏切るシステムが存在しているのである。

査読制度は今や脆弱で限界を迎えている。不正のペースは対策を凌駕しており、AIによって混乱はさらに深まっている。いまこそ行動すべきである。

私たちは、いつまで論文の“量”で研究を測るのか? 今こそ、誠実性、教育への貢献、社会的影響、倫理性といった“質”を軸に評価体系を変革すべき時である。

ソン ウォンソ(Wonsuh Song, Ph.D.)
秀明大学 専任講師 / NKNGO Forum 代表 

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