「存立危機事態」は、日本が直接攻撃を受けていない場合でも、日本と密接な関係にある国が武力攻撃を受け、その結果として日本の存立が脅かされ、国民の生命や自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が生じたと政府が判断した状況を指す。
この概念は、2014年7月の安倍内閣による憲法解釈変更を起点として導入された。それまで政府は、憲法9条の下で集団的自衛権の行使は認められないとの解釈を戦後一貫して維持してきた。しかし安倍内閣は、憲法改正ではなく解釈の変更という形で、限定的な集団的自衛権行使を可能とする方針を閣議決定した。
その後、2015年に成立した安全保障関連法の中核を成す事態法では、「存立危機事態」を明確に定義している。ポイントは、日本が攻撃を受けていない点にある。同盟国などへの武力攻撃が、日本の安全と存立に直結すると政府が判断した場合、自衛隊による武力行使が可能になる。
この枠組みは、日米同盟を念頭に置いて設計されている。典型的な想定は、米国が第三国から攻撃を受け、その事態が日本周辺の安全保障環境に重大な影響を与えるケースだ。日本政府は、地理的な限定や事態の性質を総合的に勘案し、国会承認を経て対応を決定するとしている。
高市早苗の発言が波紋を広げた背景には、この「存立危機事態」の適用範囲がある。台湾海峡を巡る緊張や日米同盟の役割に言及する中で、台湾有事が日本の存立危機事態に該当し得るとの趣旨が読み取れる発言は、中国側にとって日本の軍事関与を示唆するものと受け止められやすい。
存立危機事態は、あくまで限定的な武力行使を想定した法概念だが、同盟国防衛と日本防衛の境界を曖昧にする側面を持つ。そのため、国内では憲法との整合性を巡る議論が続き、国外では日本の安全保障政策の変質として警戒されている。日中関係に火を付けたとされる高市発言の核心も、この法概念が内包する曖昧さと重なっている。
